バイオリン 弓の重心「バランスポイント」
ヴァイオリン演奏時の右手の弓の動きには、繊細さと大胆さを併せ持った柔軟なコントロール力が必要です。それは、抑揚をつけて表現豊かに聴き手の心に届く演奏を実現するためにも、非常に大切な技術になってきます。
弦と弓の接点を捉え、弦の振幅を最大にしてヴァイオリンから厚みのある豊かな響きを紡ぎ出すには、まず、どのようなことに気をつければよいでしょうか?
今回のコラムでは、弓の重心位置 〈バランスポイント (Balance Point)〉を捉えたボウイングを実現するために必要な知識や考え方をご紹介してまいりたいと思います。
バイオリン弓の標準的な重さと楽器の相性
ヴァイオリン弓には、重さがそれぞれの弓によって異なり、約58g~62gの範囲が標準的な重量になります。軽めの弓には、軽めの弓なりの良さが、重めの弓にもそれ固有の良さがあります。
オールド・フレンチボウと呼ばれる歴代最高の弓製作家、フランソワ・トルテ(TOURTE, Francois Xavier 1748 - 1835)が製作した弓とドミニク・ペカット(PECCATTE, Dominique1810 - 1874)のそれは、金の斧と銀の斧に例えられることがありますが、この2大名弓も前者が軽めの重量、後者が重めの重量になっていることが多いです。
楽器店のご厚意で両者の弓を弾かせていただいたことがありますが、楽器との相性によって楽器から引き出せる音色の幅が異なります。前者をストラディヴァリウスと合わせ、後者をグァルネリ・デルジェスとこちらもヴァイオリンの2大名器と合わせることが多く、なんとも興味深いと感じられませんか?
両者の相性が合致した時には、奏者の介在を忘れさせるかのような、楽器自身が語り歌うような弾き心地になります。反対に、相性が取れない場合は、楽器から声を引き出せないような、ヴェールを閉じた音色になり、音楽がスムーズに紡ぎ出せないような感覚になります。
バイオリン弓の重心の調べ方
弓を"やじろべえ"に見立てて、左右(弓先・弓元)でちょうど重心が取れる場所があります。
具体的には、上の写真のように弓の毛を上向きにして、スティックを人差し指で支えることで、ちょうどつり合いが取れるポイントを探してみます。ヴァイオリン弓の場合の平均値は、フェルール(フロッグ端の毛を留めている金属の部品)端から19cm辺りの弓が多くなります。ここを中心として、先重心(19.5cmなど)・元重心(18.5cmなど)の弓が存在します。
演奏スタイルや求める音楽性・音色から奏者によって好みは分かれる部分ではありますが、先重心の弓は弓自体の重さ(自重)がかかるため、脱力した状態でも比較的豊かな音色が紡ぎ出される傾向にあると思います。言い換えれば、コントロール性は難しくなり、奏者の技量でカバーする必要が出てくるかもしれません。
反対に、元重心の弓は手元に感じる弓先の重さが軽くなるため、スピッカートなどの各種技術やボウイングの平滑さは優れていると思います。言い換えれば、腕の重みをうまく伝えた状態でコントロールする必要が出てきますので、力の入れ具合に難しさを感じたり、脱力がしにくかったりといった面はあるかもしれません。
バランスポイントに応じたボウイング -指弓(ゆびゆみ)-
多種多様な重さ・バランスの弓が存在する中で、私たち演奏者は弓に応じてどのようなボウコントロールを行えばよいでしょうか?
大前提として弓の構造上、元弓寄りは弓圧が強くかかり、反対に先弓寄りでは弓圧が抜け気味になります。
そこで発想としては、バランスポイントを分岐点にして、元弓の方(元弓に近づくにつれて)では右手小指で弓の重さを支えるように弾きます。そして、先弓の方(先に向かうにつれて)では人差し指・中指(あるいは手全体で)を介してほんの少し圧力を加えます。
※「ほんの少し」であることが重要です。過度に弓圧を入れすぎると体全体のバランスが崩れ、理想的な自然な演奏から遠ざかってしまします。
一見単純ですが、とても重要な技術です。このような調節を行うことで、元弓で音が潰れるがために弓を過度に持ち上げるように浮かせたり、反対に先弓で必要以上に弓圧を加えすぎたりといったことをせずに、無理なく・自然に演奏できるようになってきます。
これらのコントロールを行うにあたって、指弓(ゆびゆみ)と言われる技術を併用して奏でると、なお良い結果になると感じています。当教室では、比較的早い段階から指弓の練習を取り入れていただくことにしております。練習法として「新しいヴァイオリン教本(鷲見三郎先生ら著)」では、第3巻の一番最後のページに掲載されていますが、3つの動作から体得可能です。
指弓においては、以下の3つの動作ができるようになることが大切です。
- 左右方向の動き
- 手前方向に引き寄せる動き
- 垂直方向への動き
ソノール音楽教室のレッスンではこれらの動きを、3つの動作「シーソー」「プロペラ」「ミシン」に例えて楽しみながら身につけていただきます。
まとめ
アップボウとダウンボウが完全に揃ったボーイング、また弓先・弓元までスムーズに使える安定したボーコントロールは、まるで歌を歌うかのような自在な表現を実現する上でも、とても大切になってきます。
中級者から上級者へステップアップするにも不可欠で、表現の幅が各段に上がりますので、ぜひこのコラムをご参考にされていただけましたら嬉しいです。
著者
稲葉 雅佳(主宰, ヴァイオリン)
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ヴァイオリンレッスンについてバイオリン 弓の重心「バランスポイント」
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弦と弓の接点を捉え、弦の振幅を最大にしてヴァイオリンから厚みのある豊かな響きを紡ぎ出すには、まず、どのようなことに気をつければよいでしょうか?
今回のコラムでは、弓の重心位置 〈バランスポイント (Balance Point)〉を捉えたボーイングを実現するために必要な知識や考え方をご紹介してまいりたいと思います。
バイオリン弓の標準的な重さと楽器の相性
ヴァイオリン弓には、重さがそれぞれの弓によって異なり、約58g~62gの範囲が標準的な重量になります。軽めの弓には、軽めの弓なりの良さが、重めの弓にもそれ固有の良さがあります。
オールド・フレンチボウと呼ばれる歴代最高の弓製作家、フランソワ・トルテ(TOURTE, Francois Xavier 1748 - 1835)が製作した弓とドミニク・ペカット(PECCATTE, Dominique1810 - 1874)のそれは、金の斧と銀の斧に例えられることがありますが、この2大名弓も前者が軽めの重量、後者が重めの重量になっていることが多いです。
楽器店のご厚意で両者の弓を弾かせていただいたことがありますが、楽器との相性によって楽器から引き出せる音色の幅が異なります。前者をストラディヴァリウスと合わせ、後者をグァルネリ・デルジェスとこちらもヴァイオリンの2大名器と合わせることが多く、なんとも興味深いと感じられませんか?
両者の相性が合致した時には、奏者の介在を忘れさせるかのような、楽器自身が語り歌うような弾き心地になります。反対に、相性が取れない場合は、楽器から声を引き出せないような、ヴェールを閉じた音色になり、音楽がスムーズに紡ぎ出せないような感覚になります。
バイオリン弓の重心の調べ方
弓を"やじろべえ"に見立てて、左右(弓先・弓元)でちょうど重心が取れる場所があります。
具体的には、上の写真のように弓の毛を上向きにして、スティックを人差し指で支えることで、ちょうどつり合いが取れるポイントを探してみます。ヴァイオリン弓の場合の平均値は、フェルール(フロッグ端の毛を留めている金属の部品)端から19cm辺りの弓が多くなります。ここを中心として、先重心(19.5cmなど)・元重心(18.5cmなど)の弓が存在します。
演奏スタイルや求める音楽性・音色から奏者によって好みは分かれる部分ではありますが、先重心の弓は弓自体の重さ(自重)がかかるため、脱力した状態でも比較的豊かな音色が紡ぎ出される傾向にあると思います。言い換えれば、コントロール性は難しくなり、奏者の技量でカバーする必要が出てくるかもしれません。
反対に、元重心の弓は手元に感じる弓先の重さが軽くなるため、スピッカートなどの各種技術やボウイングの平滑さは優れていると思います。言い換えれば、腕の重みをうまく伝えた状態でコントロールする必要が出てきますので、力の入れ具合に難しさを感じたり、脱力がしにくかったりといった面はあるかもしれません。
バランスポイントに応じたボウイング -指弓(ゆびゆみ)-
多種多様な重さ・バランスの弓が存在する中で、私たち演奏者は弓に応じてどのようなボウコントロールを行えばよいでしょうか?
大前提として弓の構造上、元弓寄りは弓圧が強くかかり、反対に先弓寄りでは弓圧が抜け気味になります。
そこで発想としては、バランスポイントを分岐点にして、元弓の方(元弓に近づくにつれて)では右手小指で弓の重さを支えるように弾きます。そして、先弓の方(先に向かうにつれて)では人差し指・中指(あるいは手全体で)を介してほんの少し圧力を加えます。
※「ほんの少し」であることが重要です。過度に弓圧を入れすぎると体全体のバランスが崩れ、理想的な自然な演奏から遠ざかってしまします。
一見単純ですが、とても重要な技術です。このような調節を行うことで、元弓で音が潰れるがために弓を過度に持ち上げるように浮かせたり、反対に先弓で必要以上に弓圧を加えすぎたりといったことをせずに、無理なく・自然に演奏できるようになってきます。
これらのコントロールを行うにあたって、指弓(ゆびゆみ)と言われる技術を併用して奏でると、なお良い結果になると感じています。当教室では、比較的早い段階から指弓の練習を取り入れていただくことにしております。練習法として「新しいヴァイオリン教本(鷲見三郎先生ら著)」では、第3巻の一番最後のページに掲載されていますが、3つの動作から体得可能です。
指弓においては、以下の3つの動作ができるようになることが大切です。
- 左右方向の動き
- 手前方向に引き寄せる動き
- 垂直方向への動き
ソノール音楽教室のレッスンではこれらの動きを、3つの動作「シーソー」「プロペラ」「ミシン」に例えて楽しみながら身につけていただきます。
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中級者から上級者へステップアップするにも不可欠で、表現の幅が各段に上がりますので、ぜひこのコラムをご参考にされていただけましたら嬉しいです。
著者
稲葉 雅佳(主宰, ヴァイオリン)

洗足学園音楽大学音楽学部 弦楽器科ヴァイオリン専攻卒業。
これまでにヴァイオリンを加藤尚子、永峰高志、勅使河原真実の各氏、ヴィオラを古川原広斉氏に師事。在学中よりソロ・オーケストラなどの演奏活動、ヴァイオリン個人指導を開始。古楽器を用いたピリオド奏法、音響学の知見からの効率的な奏法を研究、演奏指導に反映させている。
一般大学卒業後、金融機関の審査担当部門に勤務。30歳手前から音楽大学に進学、特に指導教授法についても学ぶ機会を多く得てきた。
東京国際芸術協会、横浜音楽協会会員、ソノール音楽教室主宰。